シボレー

シボレー(仏:Chevrolet)はアメリカ合衆国の自動車メーカー、ゼネラルモーターズ(GM)が製造・販売する自動車のブランドである。略称はシェビー(Chevy)。フランス語に由来する正式名が英語圏の人には発音しにくい為、略称がついたとされている。

日本ではスポーティーカー、あるいは大型SUVピックアップトラックなどに代表される、いわゆるアメリカ車のイメージが強いが、シボレーはオセアニアを除くほぼ全世界で展開される、GMでは数少ないグローバルブランドの1つであり、その製品ラインナップも多岐にわたる。

GM創業者ウィリアム・G・デュラントがGMから締め出されていた時期の1911年にGMに対抗し、GMの花形レーシングドライバーであったルイ・シボレーを前面に出して設立した会社である。ルイ・シボレーはスイス出身だがアメリカでレーサーとなり、兄弟でGMに雇われた。兄のルイはGMのテストドライバーであり、また、当時のテストドライバーの常で、GM車アピールの為にレースで活躍していた。(弟はデュラントの運転手を務めていた。)ウィリアム・C・デュラント自身がデザインしたとされているシボレーのエンブレムはそのデザインからボウタイ(蝶ネクタイ)とも呼ばれる。デュラントがGM復帰すると、旧GMはシボレー社傘下とし、シボレー社を核として新GMがつくられた。このGMは2000年代のGM危機でアメリカ政府が株主となるまでに続いた会社である。そのGMの母体が最初のシボレー社であった。

デュラントはT型フォード(日本では20世紀にはこう呼ばれていた)のような大衆車をつくりたかった。一方のルイ・シボレーはキャディラックのような高級車をつくりたかった。当初はシボレーの意見も取り入れつつ、2極の開発をしていたが、最終的にはシボレーは社を抜け、社としてはデュラントの主導する低価格の普及型販売して成功した。デュラントのGM復帰がこれで可能になった。このため、以降のシボレーブランドはGMブランディングで「低価格普及型」を担ってきた。(アメリカでの低価格普及型とは若者向けスポーツ車を含む概念であるのが日本の自動車マーケティングカテゴリとは異なる。)

1920年、フォード・モデルTがベストセラーとなると、シンプルで代わり映えのしないフォードに対し、GMは高級車によせたより近代的なデザインと、デュラントを再び追い出し新たに社長となったデュポンのファミリーカーを利用した豊富なカラーバリエーション(モデルTは黒1色)展開などで対抗し、デュポンの後を継いだアルフレッド・スローンの時代には、実用本位だが旧態化したライバルたちを圧倒し、以来GMは規模面で常にフォードを凌駕する世界最大の自動車メーカーとなり、自動車業界だけでなく、企業経営の模範として語られるようになった。1930年代には、宣伝用アニメーション映画として「A coach for cinderella」と「A ride for cinderella」が作られた。